大晦日。
更にいつもに増してバタバタと師走な毎日でした。
なんだかなぁ。という気持ちでいた時に、あるピアニストにその答えを頂きました。
その方は私が高校生の頃によくリサイタルや世界的なバイオリニスト、チェリストとジョイントリサイタルをされており、何度も観に行った思い出のピアニスト。
この度有難いご縁により共演の機会を頂き、共にレッスンに通っておりました。
ステージの上にいた方と、ステージの下から観ていた私です。
そんなレッスンの帰り道、演奏活動50周年を今年迎えられたその方が仰ったことが響きました。
「あまり詰めすぎると良くないわよね。味わえなくなるから。味わえないのはヤよね。同じ苦しむなら味わえないとね。」と。
その方の演奏活動は常に盛んで、大忙しのイメージでしたが(本当に毎年ヨーロッパからフロントソリストを呼んで共演を続けてらっしゃったのだ)この言葉はグッときました。
それでも元気に今年の一月一枚。
年初めにオトカリテを卒業し、二月には誕生日にコンサートを。ジャズストリートには今年も出演させて頂き、厳しい夏にコンサートシリーズが始まりました。大学時代の恩師の定年記念コンサート、青山剛昌先生ふるさと館。
コンサートシリーズが4枚あったために、他に目を向け辛いですが、今年も大変盛りだくさんな一年だったと振り返る事ができました。
ありがとうございます。
来年にさらなる期待をして。
それでは皆様、良いお年を。
7月21日に始まったソロコンサート。
フィナーレでは、大好きな作曲家フランシス=レイを取り上げました。
今年はなるべくアレンジも自分でと思って、頼ることなく(正確には少なく!)練ってきました。
第三章が終わり、ようやくアレンジに手をつけ出した頃、フランシス=レイの訃報をニュースで目にしました。
まさに譜面を書いている時の出来事で、何の導きなのかしら不思議な気持ちになり、急遽作品数を増やしました。
「ある愛の詩」には心を込めて即興でカデンツァを入れました。彼への敬愛と尊敬の念を込めに込めて練りこんで。(表現が怖いな。けどほんと。)
どうしたらこんな曲が書けるのだろう。
どんな人生を送っていたのだろう。
一度でいいから会ってみたかった。
いろんな思いが巡りました。
でも音楽とはすごいもので、いつでも曲を弾けば近くに感じることができるのです。だから音楽は素晴らしい。そんな気持ちにもなる彼の作品でした。
そして、今回はなんと全編ノンストップ休憩なしでお聴きいただいたのが、ザ・「グランドフィナーレ」的な部分。
お客様にもお疲れ様でした。(これストーリーの後半でも言ってなかった?)
本当にありがとうございました。
これまでに自主開催したコンサートは数えたことがないけれど、たぶん主催の数が相当多い演奏家なのでは?と感じています。
いつも、企画が始まると一心不乱に向かい、終わると燃え尽き、反省、そして襲いかかる喪失感。
一生満足感を得られないのは演奏家の性なのでしょうか。
けれどコンサートシリーズは一回一回のコンサートでは終わらないという喜びがありました。
ひとつ、またひとつと、どんどん気持ちは高揚し次回への期待感に包まれる。(だからこそ、最終章が終わるのが怖かったのが本当のところ。)
「次が楽しみになった」とお声を頂く度に「私も!」と思っていました。
こうして一緒に楽しんでくださる皆様のおかげで最後まで走りきる事ができました。
シリーズは最後なのに「来年もやるよね?」「これからもずっと期待してるよー」「次は2月3日だよね?」なんて、次のコンサートを期待するお声をかけてくださる皆さんに、胸がジーンと熱くなりました。
来年はどんな年になるのだろう。
皆さんとまたコンサートでお顔を合わせて過ごせますよう、毎日を大切に生きられたらそれが一番の願いだなと思っています。
今年の松本尚子コンサートシリーズ。
心から、ありがとうございました。
Thank you for everything.